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幸賀博之 優秀卒業論文 | 経済学研究科

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(1)

平成17年度卒業論文

戸籍の差別的構造

所属ゼミ

田中治ゼミ

学籍番号

1023010557

氏名 幸賀博之

大阪府立大学経済学部

(2)

要約

日本における身分登録の機能を持つ戸籍は、様々な差別を引き起こしている。 在日外国人差別、非嫡出子差別などは、戸籍が生み出した差別である。これら の差別は、日本国家における戸籍の役割を果たすために、故意に生み出された 差別である。

戸籍は、奈良時代に中国から伝わった制度である。戸籍の主体は国家にあり、 国家の政策指針の達成目的の手段として戸籍は利用されてきた。現在のような 近代戸籍が形成されたのは、明治時代である。明治時代、旧民法の施行により 「家」制度が確立し、その目的は戸主に各「家」を支配させることによって、 国民を整備することであった。その手段として、戸籍が利用された。そのため には、国民に就籍を強制させる必要があった。それを助長したのが、戸籍の公 開の原則である。手数料を払えば、戸籍に記載されている家族関係と一生の身 分関係を自由に閲覧することができたため、戸籍が汚れることを恐れる差別的 な道徳意識が生まれ、その結果、戸籍は国民に急速に広まった。

戦後、新憲法の施行によって「家」制度は廃止されたが、戸籍は日本の唯一 の身分登録・公証機能を持つ制度として残ることとなる。よって、国家は戦前 と同じく国民を戸籍に就かせる必要がある。その強制力の1つとして、戸籍が 国籍簿の機能も兼ねていることが挙げられる。戸籍に就かなければ日本国民と して認められず、外国人とされる。つまり、外国人は戸籍を日本国民に就かせ るために差別の対象とされた。そして、戦前、日本に強制的に連行された在日 外国人やその子孫は、戸籍に就くことができず、外国人登録法によって管理さ れ、差別的な扱いを受けている。非嫡出子差別に関しても同じで、これは、戸 籍を定着させる機能としての法律婚を国民に強制させるために生み出された差 別である。

(3)

目次 はじめに

第1章 戸籍制度の概要 1. 戸籍とは

2. 戸籍事務の流れ

3. 国家と戸籍の達成目的 第2章 戸籍の歴史

1. 日本の戸籍の誕生

2. 人別帳式戸籍による封建的身分制社会 3. 近代戸籍の歴史と「家」制度の確立

(a)明治4年式戸籍法の制定 (b)明治19年式戸籍法の制定 (c)明治31年式戸籍法の制定 (d)戸籍が作りあげた「家」制度 (e)「家」制度の差別構造

(f)「家」制度の国家目的 4.戦後、新戸籍法の制定

(a)新憲法成立に伴う旧民法の廃止と新民法の制定 (b)新戸籍法の制定

第3章 戸籍制度が生み出した差別 1.戸籍制度の問題点

(a)届出の強制力

(b)欧米諸国の身分登録制度との比較 (c)戸籍公開の歴史と部落差別

2、非嫡出子差別

(a)非嫡出子差別が生まれた背景 (b)非嫡出子に対する法的な差別

①相続分差別

②戸籍の続柄記載による差別

(c)憲法14条に対する非嫡出子差別の違憲性 ①民法900条4号但書前段の違憲性 ②続柄の区別記載の違憲性

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3.外国人差別

(a)外国人差別が生まれた背景

(b)在日外国人の歴史

(c)戦後の在日外国人の国籍

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はじめに

自分が日本人であるということは、どういうことなのかを考えた時に、私が 日本人であることを確かに結び付けているものは戸籍である。しかし、私の親 は戸籍を持っていて、その子供として生まれてきた私は、戸籍登録をしなくて も日本人であることは、確かであるのに、日本という国の社会構造では戸籍を 持たなければ、日本人として扱われず、さまざまな場面で差別の対象とされる。 そもそも、自分が日本人であるということは、どういうことなのかを考える きっかけになったのは、在日朝鮮人である同級生の友人の存在である。高校生 の頃にその友人から自分は在日朝鮮人であると聞かされたが、私はそれを聞い て、その友人が外国人であるという感覚には到底陥らなかった。なぜなら、私 にとって彼は日本で生まれて、日本で育った日本語を話す友人の中の一人で、 外国人という感覚など皆無だからである。彼自身も自分が日本において外国人 であるという感覚は掴めていないという。しかし、在日外国人である彼は、戸 籍を持つことができず、選挙権も保障されない。代わりに、外国人であるとい う登録証を常時携帯することを義務づけられている。私は、戸籍を持ち、選挙 権を持つ。なぜ、同じ地域に生まれて育ったにもかかわらず、私に戸籍があっ て彼にはないのか。そして、なぜこのような差別が生まれるのか。これらの疑 問が今回、戸籍について私が論じる動機である。

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第1章 戸籍制度の概要 1.戸籍とは

戸籍とは、人を戸という単位で把握し、籍する(台帳への登録を意味する) システムである1。そして、戸籍制度は、2つの異なる機能を備えている。

1つは、戸籍の届出により、親族相続法上の主要な事実や法律関係を戸籍の上 に表示し、これによって、人の身分関係を公証するという機能である。戸籍を 規定しているのは、民法の手続法であり、戸籍法は民法の付属法という性質を 持つ2。戸籍に規定されている身分関係とは、民法上の地位のことで、氏名、性 別、生年月日だけでなく、親子関係や夫婦関係、そして養子縁組についても記 載される。1つの戸籍に記載されるのは、筆頭者とその配偶者、そして未婚の 子である。戸主(現行法では戸籍筆頭者)を中心とする人的集団の把握を、戸 籍の編製原理というが、このような核家族的単位での戸籍の登記が、現在の戸 籍の編製原理である3。子供は結婚すると自動的に親の戸籍から抜け、結婚相手 と新たな戸籍を形成することとなる。その際、どちらが筆頭者になるか決める こととなる。戸籍においてフルネームで記載されるのは、筆頭者のみである。

他方で、日本国民はすべて戸籍に記載されるべきであり、戸籍に記載されな い者は外国人であるという意味で、戸籍は日本国籍を公証する機能も兼ねる。 旅券法が国籍を公証する唯一の書類として戸籍の提出を求めている。

2.戸籍事務の流れ

戸籍の届出は現住所の管轄役所か本籍地の役所において24時間体制で窓口 受付を行っている。休日や祝日でも休むことはない。外国に在住している場合 は外公館で受付される。24時間体制で受付を行っている理由は、届出の時間 がずれることで生じる可能性のある民法上のトラブルを未然に防ぐためである。 窓口で受け付けられた届出は、法令にしたがって審査される。特に問題がなけ れば受理され、本籍人であれば即座に登記記載が行われるが、非本籍人であれ ば、その届出は本籍地に送られてから戸籍記載が行われる。審査で届出に問題 が見つかると、不受理とされるか受理伺いとされる。受理伺いとなるとさらに 所轄の法務局で審査され、再び受理の是非が判断される。

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3.国家と戸籍の達成目的

戸籍制度の主体は国家である。したがって、戸籍を利用する国家の政策方針 によって、戸籍の達成目的は異なる。過去の戸籍制度は、その時代の国家の政 策方針に沿って様々な形態をとってきた。最も発達した近代の戸籍制度の目的 は、戸籍によって被支配者の範囲を確定し、それ以外の者から区別することに よって、治安の維持と支配の安定を期することである。また、租税と労役(徴 兵を含む)の負担者を確定して権力の物質的基礎を確立するばかりでなく、教 育、産業、衛生、生活保障その他の行政の基礎資料ないし統計資料とする。さ らに、戸籍によって、被支配者の個人としての特定、国籍の確定、身分関係の 公証を行い、重婚・禁親婚・親権・後見・扶養・相続などの規制を通じて家族・ 親族秩序、さらには社会秩序を維持しようとする5。

また、国家の政策方針によって、戸籍の編製原理も異なる。例えば、現実に 共同生活している集団を政策の基礎とする場合は、居住を単位として親族集団 を把握し、また、国家の支配が階級別、職業別に行われる場合には、戸籍は階 級別、職業別に編製される。つまり、戸籍はその時代の国家の支配体系に沿っ て変化してきたといえる。

そこで、現在の戸籍の特徴をより把握するため、戸籍の歴史を辿る。

第2章 戸籍の歴史 1.日本の戸籍の誕生

日本に戸籍制度が誕生したのは、奈良時代のことである。戸籍制度は、中央 アジアの遊牧社会を源流とし中国で発達した。歴史上初めて登場したのは、秦 の献公10年(b・c375年)である。奈良時代に日本に伝えられた戸籍制度は、 唐の時代に長安で生まれた。唐は巨大な塀に囲まれた城塞都市であり、それぞ れ小区域ごとに石塀で区切られ回廊に開かれた門を1つずつ持つ構造となって いた。よって、戸籍の「戸」を家ではなく門と考えており、「戸」はその小区域 に家が何軒あろうと、1つの移住空間として区切られていた。しかし、日本の 都市構造は、唐のそれとは異なるため、日本では庭を共有する建物グループを 1戸と数え、戸籍を編成した6。中国で発達した戸籍制度だが、河内国高安郡に は「飛鳥戸」「春日戸」「朝戸」「宍戸」という氏が多く残されていることから、 「戸」の観念を日本に持ち込んだのは、高安郡に多く定住した蘇我氏と連合し た百済系の渡来者達だと推測される7。

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て利用された。その際、戸は現実的な生産単位であることが求められ、よって、 戸籍は居住関係の登録簿とされた。また、良民・賊民の区分と、戸内奴隷の身 分登録もされており、戸籍は良賊の区分や奴隷の地位を確定する唯一の台帳で あった。戸籍と同時に作られた計帳は、実際の課税台帳であったが、個人の特 徴が記録されており、大和王朝の権力の及ばない土地への逃亡を防ぐ警察的な 役割も果たした8。

2.人別帳式戸籍による封建的身分制社会

人別帳は、豊臣秀吉による刀狩令が検地と結びつき、人々を土地・職業に縛 り付けたことがきっかけとなって生まれた。この兵農分離によって、あぶれた 武士団の農民化や農民の武士化による課税対象の減少を阻止した。また、全国 一斉の戸口調査を実地することで、士・農・工商の身分を把握した。これらの 身分制を維持するために、村請制や10人組などの、連帯責任による相互監視 制度が、備えられていた。そして、この人別帳は、身分別の台帳となり封建的 身分制社会が誕生した。

この、人別帳による人民管理方式は、徳川幕府にもそのまま受け継がれ、関 所や通行手形、五人組などの制度によって人々を土地に縛り付けた。また、武 士・町民・百姓・賊民の間の結婚は禁止され、村や藩を超えた通婚を許可制に することで、身分変動による人の移動を抑えた9。

3.近代戸籍の歴史と「家」制度の確立 (a)明治4年式戸籍法の制定

明治期における、最初の統一的戸籍法は、明治4年(1871年)式戸籍法であ る。太政官職制が整備され、廃藩置県の行われたことによって、新たな政治支 配体制が整備されたその年の4月4日に「戸籍法33則」として公布され、翌 5年1月から施行された。施行された年の干支をとって壬申戸籍と呼ばれる10。

この戸籍制度は、届出制ではなく6年毎の一斉調査であり、戸口調査のよう な役割を果たした。なぜなら、明治政府は徴兵・徴税制度を確立し、かつ治安 を保つために、国民の状況を把握する必要があったからである。そこで、「戸」 を代表する者として戸主を置き、戸主に、戸内の総人員の姓名・年齢・戸主と の続柄・職業・寺・氏神などを戸長に申告させた。その際、使用人や一時的な 寄食者であれ、同一の「戸」に住む者は同一の戸籍に記載されていた。また、 この戸籍は、現況主義に基づくため、戸主が代わる度に改製された。

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それぞれを把握した。また、婚姻・離婚・養子縁組・離縁などのように人員が 他の戸へと移る場合には、すべて「送籍」「入籍」の手続によって把握され、こ れらの権限を持つのも戸長である11。戸長に申告する戸主はいわば、政府の最 末端の役人としての立場にあった12。

このように調査・登録された壬申戸籍の出生事項などを含む身分事項欄には、 犯罪歴の一部が記載され、兵歴・疫病歴を推測できる記載も少なくなかった。 また、壬申戸籍には、人の身分を表示する族称欄はなかったが、「士族」「卒族」 「平民」の族称が文中に記載されていた。そして、解放令によって「平民」と なったはずの元穢多・非人は「新平民」や「元穢多(非人)∼の長男∼」とい う記載のパターンで、出生事項の文中で記載差別をされていた。

(b)明治19年式戸籍法の制定

次に戸籍が変革を迎えたのは、明治19年式戸籍の実地である。当時の徴兵 制度では、戸主と後継人は徴兵を免除されており、従来の戸籍制度では、戸籍 をごまかして徴兵を免れる者が多くいた。そのため、軍部が戸籍の整備を強く 求め、この戸籍制度では戸主と後継人をはっきり定めるため、戸籍から血縁以 外の者を締め出した。

また、この19年式戸籍法に改正するにあたって、除籍簿と族称欄を創設し た。除籍簿とは、家族全員の他府県への転居、相続による戸主の変更に際して 新たな戸籍が編製される場合に、古い戸籍を綴る帳簿のことを言う。壬申戸籍 では、すべて廃棄して再作成されていた。族称欄には、「家」の格である「華族・ 士族・卒族・平民」の族称と年月日が順次記載された。これにより、除籍簿と 現在の戸籍との連結を追うことによって、戸籍に記載された家族の身分行為を 追跡することが可能となった13。

(c)明治31年式戸籍法の制定

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(d)戸籍が作りあげた「家」制度

戸籍は、壬申戸籍から戸主届出制の原則のもとで作り上げられてきたが、こ の戸主の届出権が、明治民法に流れ込むこととなり、旧民法732条1項は「戸 主ノ親族ニシテ其家ニ在ル者及ビ其配偶者ハ之ヲ家族トス」と規定する。よっ て、旧民法は「家」制度を中心とするものであったが、この「家」制度とは次 のような制度によって構築される。

まず、第1に戸主の家族に対する同意権の保有が挙げられる。ここで意味す る旧民法上での家族とは、(1)6親等内の血族、(2)配偶者、(3)3親等内 の姻族を指している(旧民法725条)。戸主は、この家族に対して旧民法74 7条に規定される「扶養の義務」を課せられた。しかし、その反面、戸主には、 婚姻や養子縁組への同意権(旧民法750条)、居所指定権(旧民法749条)、 そして従来の「家」から離脱して新たな「家」を創立することを認める分家の 同意権(旧民法743条)など、家族に対する様々な同意権が与えられていた。 そして、第2に、この戸主の権限である同意権と財産が、家督相続によって 継承されることが挙げられる。家督相続では、男女間では男が優先で、嫡出子 と庶子の間では嫡出子が優先とされていた。家督相続がなされて、戸主が新た な戸主に変わった場合、家族はそのまま新しい戸主の家族となる。このことは 旧民法732条2項に「家族ノ変更アリタル場合ニ於イテハ旧戸主及ビ其家族 ハ新戸主ノ家族トス」と規定される15。

このようにして、戸主が家族の統制者となり、「家」制度は完成する。そして、 前述したように、このような「家」制度の基礎をなし、作り出したのは、戸籍 制度である。すでに、1871年に制定された壬申戸籍において、「家」制度の 基礎的なシステムである(1)親族団体を単位として戸籍編製、(2)届出義務 者すなわち戸主届出制に基づく身分関係登録、そして、(3)尊属・卑属・直系・ 傍系・男・女という序列システムでの戸主との続柄記載が確立していた。そし て、この壬申戸籍の不備を補うために出された多くの中央・地方の法令と、法 令解釈などに疑問がある場合になされる伺・指令の集積が、次第に「家」制度 を支える精緻な戸籍制度を作り上げた16。

(e)「家」制度の差別構造

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に把握できる戸籍が公開され、誰でも手数料を払えば、閲覧や謄本・抄本の請 求ができた。この制度は、差別意識につながり、それによって正当な家族意識 とそこから脱しないようにする意識によって、「家」制度の体制に順応する心性 が国民に育つこととなった17。また、19年式戸籍法から、明治政府において は、届出をしなかった場合の罰則規定が、現在のような過料ではなく、科料で あり、警察署に出頭して処分を受けることや、さらに戸籍簿に「警察署ニ於イ テ届出洩シ処分済入籍」と記載されることが戸籍の公開制度と相まってさらに 就籍への強制を強めた。また、31年式戸籍法から婚姻が創設的届出となり、 届出への強制力がさらに強まった。そのため、明治民法成立後、急速に戸籍は国 民の間に広まることとなる18。

このように国民は、家名意識や戸籍が汚れることを恐れる差別的な道徳意識 によって戸籍に就く意識が生まれるわけだが、 旧民法においては、家督相続に よる男女差別、庶子差別以外にも、子の親権者は原則として父であることや(旧 民法877条1項)、妻は無能力者である(旧民法14∼18条)などの男女差 別の構造を有しており、差別を避けるために国民は差別的な戸籍に入ることと なる。

(f)「家」制度の国家目的

国家は、このように戸主に権限を与え、各「家」を支配させる「家」制度を 作ることによって、多様な「家」の実態を平準化させることができた。このよ うに戸主の権限を利用して国民を整備することが、国家支配の側からみた「家」 制度の持つ意味である19。また、「家」の観念は、各「家」の戸主やその祖先の 絶対性を支持することを家族に促し、その戸主や祖先の絶対性が天皇の権威を 支えることとなる。戸主の権威は、天皇や祖先の不可侵性で補完される。つま り、「家」制度と天皇制は互いに支えあう仕組みになっており、その仕組みの媒 介となる戸籍は、家族を天皇制の下に組織する皇民簿であった20。

4.戦後、新戸籍法の制定

(a)新憲法成立に伴う旧民法の廃止と新民法の制定

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だとされた。

よって、旧民法に代わる新民法の制定の必要が迫られたが、新憲法の施行日 までに制定することは困難であったため、旧民法の規定を合憲部分と違憲部分 に分け、違憲部分に関しては新憲法の施行と同時に失効させ、合憲部分に関し ては、新民法制定までの間、暫定的に存続させることが考えられた。そのよう にして、1947年4月18日に応急措置法が制定され、新憲法と同時に施行 された。そして、新民法は1947年12月22日に制定公布され、翌194 8年1月1日に施行された21。

(b)新戸籍法の制定

ここで、旧戸籍法だが、旧戸籍法は旧民法の「家」制度を支えるものであっ たため、旧民法廃止と同時に当然廃止されることとなった。そして、新民法制 定に際して、新民法に戸籍は必要であるか否かが、問題となる。民法改正にお いて、「家」制度が新憲法に対して違憲であったため、民法改正案が公布される までの応急措置法3条は「戸主、家族その他に関する規定は、これを適用しな い」と規定していた。戸籍法はまさに「戸主、家族その他に関する規定」をな すものであったため、旧民法が廃止され応急措置法が施行したときに戸籍法は 完全に廃止されるべきであった22。しかし、新戸籍法は新民法と同じく194 7年12月22日に制定、翌年1月1日に施行された。

司法省は、従来からの戸籍の身分関係の公証機能に着目して、旧戸籍法を新 民法の改正の趣旨に適応するように、新戸籍法の戸籍編製の基準を定めた。そ のため、戸主を筆頭者に、戸主との続柄を父母との続柄に改正した。そして、 新戸籍法改正における最大の特徴は、戸籍編製の単位を従来の「家」から「夫 婦親子」としたことである。よって、親子3代の同籍を避けるため婚姻によっ て、子は親の戸籍から抜け新たな戸籍を配偶者と編製することとなった23。こ のような、司法省による身分登録制度として戸籍を残すことに対し、GHQは 対立する立場を取っていた。

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在日外国人締め出しに対しては戸籍が国籍も兼ねていることを理由にその正当 性を主張した。GHQは、これらの司法省の弁解に対して十分納得していなか ったが、司法省は、国民の混乱を防ぐため早急に改正する必要があるとしてG HQの指摘を押し切るかたちで新戸籍法を改正した24。

また、戸籍でなく個人別の登録法を採用すべきであると提唱したのは、GH Qだけでなく民法改正を研究する学者グループの中にもあった。この学者グル ープは、「個人の尊重」や「両性の平等」は各人が独立の市民であることを自覚 するべく規定されたものであり、個人身分の変動が常に家族単位の戸籍の変動 として現れるやり方では、従来の「家」制度の観念を払拭させて各人に独立の 市民であることを促すどころか逆効果であると主張した。しかし、そのような 国内の学者の意見は受け入られることはなかった25。

第3章 戸籍制度が生み出した差別 1.戸籍制度の問題点

(a)届出の強制力

戸籍が国家による国民への支配システムであるとすれば、国家は就籍を国民 に促す必要がある。そこで国家は、就籍を強制させるために、戸籍に就かない 者を日本人でない外国人であるとした。そして、外国人は、日本人を戸籍に就 かせるために差別の対象とされるようになる。この点で、戸籍は排外的な民族 主義的機能を持つといえる26。

このように脅迫的ともいえる形で、国民への就籍を促すことはできる。しか し、戸籍は届出制なので、身分関係の変動を積極的に自分から届けさせるため に、届出を促すための強制力が必要となる。そこで、国民に対する届出への強 制力として次のようなことが挙げられる。

第1に、戸籍の届出をしない者に対して過料の制裁を課している点である。 届出は、大別すると、出生や死亡など、既成の事実あるいは既成の法律関係に ついて届出をする「報告的届出」と、養子縁組や認知など届出が受理されるこ とによって身分関係の発生、変更、消滅の効果が生じる「創設的届出」に区別 できる。過料の制裁を課しているのは、報告的届出であり、届出義務者と届出 期間が法定される。この法定の期間内に正当な理由もなく届出をしない者は、 戸籍法120条の規定により過料に処され、懈怠責任を負うこととなる27。

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第3に、戸籍は家族単位の集団管理と、元の戸籍が記載されていることから 血縁を辿れる親族管理を特徴とする制度であるため、就籍・届出をしないこと によって生まれる差別を避けるために親族内で相互監視するという構造を持つ。 つまり、差別を避けるための道徳意識が一般論化される。そして、道徳のその 裏には、差別が隠されている。これは、戦前の「家」制度の差別性が現在の戸 籍にも残っていると考えられる。

このように、就籍が民族差別によって促進されるように、届出も身分差別や 差別道徳、罰則によってその強制力を増している。つまり、戸籍は、差別が強 くなればなるほど、制度としてその安定力を増していくのである28。

(b)欧米諸国の身分登録制度との比較

日本の戸籍制度は、欧米諸国の身分登録制度に比べて、極めて特異な制度で あるといえる。その特異性は、戸籍制度が、明治民法の実体親族法の「家」制 度の持つ特異性に照応して維持されていたことから明らかである。29以下、欧 米諸国の身分登録制度と比較することで日本の戸籍制度の問題点をより鮮明に していく。

元来、欧米諸国の身分登録制度は、キリスト教会の協会簿に由来する。協会 簿は、洗礼簿・ 婚姻簿・埋葬簿からなり、それぞれの教区ごとに記録されてい た30。洗礼簿は、子供が出生した際に、近親婚を避けるために作られた。また、 婚姻簿と埋葬簿は、婚姻と埋葬が行われる際に司祭に献金をする慣習があった ことから会計簿の役割として作られた。そして、教区間には何の連絡もなかっ たため、これらの登録簿はそれぞれ、洗礼・婚姻・埋葬と事件別にそして個人 別に扱われた。そして、登録簿の管理が教会から国に移ってからも、この伝統 は残り、事件別・個人別に登録・公証する身分登録制度が形成された。この制 度では、第3者が身分登録制度を利用して、他人の身分事項や家族関係を知る ことは困難であり、個人のプライバシーが尊重される31。

例えば、アメリカの場合、事件別にその上、発生地ごとに国民からの申請書 をファイルするため、身分事項相互や家族間での連結一覧性はない。そのため、 登録の存在や内容を知るものだけが利用することができ、第3者が利用するこ とは不可能である32。

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この分類登録方式にそれぞれ代表的な国を当てはめると、①アメリカ、カナダ ②イギリス、フランス、オーストリア③スウェーデン、オランダ④ドイツ、ス イスとなる33。日本の戸籍制度は当然④に分類されると考えられる。

このように、現在、欧米諸国では完全な事件別、個別的ではない②、④のよ うな、身分事項相互を家族間で辿ることができる登録制度がある。しかし、確 かにそのような構造を持った登録簿であるが、日本と違って、②の欄外付記や ④の家族別登録がある国では、本人あるいは一定の家族しか、記録の原本もし くは抄本が取れなく、個人のプライバシーを保護することに配慮している。そ の意味で前述した教会から国へ登録簿が移ったときの伝統が受け継がれている。 反面、日本の戸籍は歴史的に公開が原則とされていた時期があり、プライバシ ー保護に弱い。

よって以上のことから、日本の戸籍制度の問題点の一つとして、過去に戸籍 の公開が原則的であったことに起因する、公開制限の弱さが挙げられる。そし て、それは、部落解放後にして、なお続く部落差別と密接な関係がある。 (c)戸籍公開の歴史と部落差別

戸籍の公開が原則となったのは、1890年(明治23年)からであり、誰 でも手数料を払えば、閲覧、謄本・抄本の請求が許された。身分事項の公証の ため、というのが公開の原則の根拠であった。

戸籍の公開によって被差別部落出身であることは、一目瞭然となる。明治4 年に、賤称廃止令が施行され、穢? ・非人などの公称が廃止されたものの、壬 申戸籍には「新平民」や「元穢? 」などの記載がされていたためである34。そ して、明治19年式戸籍からは、正式に続柄欄が設置されている。

1923年(大正12年)、このような被差別部落を開放すべく第2回全国水 平社大会において、戸籍簿・身元調査などの改正を求める決議がなされた。そ の結果、1924年(大正13年)、司法省は謄本・抄本を作成する際に、「穢 ? 」「新平民」の文字を謄写してはならず、その名称を職権で抹消できるという 通達を出した。抹消できるといっても、朱線で消される程度のものである。

しかし、これだけでは戸籍の公開における差別はなくならない。なぜなら、 他の「華族・士族・平民」などの謄写はされていたため、謄本・抄本の族称欄 が空白であることは、すなわち被差別部落出身であるということが判断できた からである。また、後の1938年(昭和13年)に、すべての族称欄の謄写 は禁止されるが、除籍簿の閲覧が可能であったため、その効果はなかった。

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被差別部落出身か判断するため戸籍の公開を利用したのである35。

その後、部落開放同盟は、壬申戸籍廃棄運動を開始し、プライバシー保護の 声を高めていく。そして、1970年、壬申戸籍の永久封印、75年、除籍簿 に残されている古い戸籍の差別的な記載内容の塗抹処理などを経て、1976 年12月、戸籍の公開を制限する戸籍法の改正がなされた36。

この法改正において、第3者による閲覧の禁止と戸籍(除籍)謄本・抄本・ 記載事項証明書の交付の規制が定められた。交付の規制とは、請求事由を求め ることで、不当な目的による請求は拒むことができるという意味である。不当 な目的とは、1976年11月5日民2・5641号民事局通達が定めるには、 婚外子や離婚歴など他人に知られたくないと思われる事項を探索し、またはこ れを公表するなどプライバシーの侵害につながるもの、あるいは戸籍の記載事 項を手がかりとして被差別部落出身であるか否かを調査するなど差別行為につ ながるものなどの、戸籍の公開制度の趣旨を逸脱している目的をいう。

しかし、戸籍の閲覧の禁止も戸籍(除籍)謄本等の請求の規制も、弁護士な ど職務上閲覧する必要がある者は、この制限の対象とならない。そのため、弁 護士資格の詐称や興信所との結託による戸籍の調査は不可能ではない。また、 本人が閲覧・請求できる以上、制限するだけでは差別はなくならない37。 2、非嫡出子差別

(a)非嫡出子差別が生まれた背景

婚姻関係を中心に嫡出子と非嫡出子を区別する制度ができたのは、明治以降 である。「家」制度の確立を目指した明治政府は、「家」制度を支える戸籍に国 民を就かせる必要があった。そこで、婚姻を創設的届出にし、婚姻の成立で認 められた子を嫡出子とすることで、嫡出でない子という差別対象を作り出し戸 籍の届出を促した。つまり、非嫡出子差別は、「家」制度を支える戸籍を守るた めに、婚外の性関係へのペナルティとして生まれることとなった38。

戸籍法改正後も、この非嫡出子差別が続いているのは、旧民法時の理由と基 本的に変わらず、戸籍を守るための法律婚を促すためである。

(b)非摘出子に対する法的な差別 ①相続分差別

(17)

この規定に関して、日本政府は、1993年5月20日の衆議院外務委員会 において、「法律婚制度の維持機能として合理性がある」という説明をしている。 すなわち、これは戸籍を維持するためと言い換えができるのだが、法律婚の維 持と子供の平等は、決して対立して考えられるものではない40。

それどころか、この相続差別の規定は、法律婚制度を現実的に守るものでは ない。なぜなら、男性は非嫡出子が未成年であれば本人の了解も、その子の母 親の了解も胎児認知以外では必要とせずに、しかも転籍して認知の事実を戸籍 から消すことで妻にもばれずに、子を認知するか否かを決めることができる。 よって、この男性優位の認知制度がある限り、非嫡出子差別が法律婚の抑止力 になるという説明は現実的ではない。戦前の「家」制度確立のためには、父系 優位で必要な子供だけを選択できる認知制度と、その父系優位の確実性を保つ ために女性の婚外の性にだけ厳格である必要があったが、現在の戸籍制度もま た、そのような男女差別的な面を有している41。

②戸籍の続柄記載による差別

非嫡出子に対する法的な差別として、第2に戸籍の父母との続柄欄における 記載の区別がある。戸籍法施行規則付録第6号ひな型(従来の戸籍)および2 4号ひな型(電算式の戸籍)の定めにより、嫡出子に関しては出生の順に従い 長・二・三男(女)といった記載がされており、非嫡出子については「男」「女」 とだけ記載されている。なお、かつては、住民票においても嫡出子と非嫡出子 の記載の区別はされていた。嫡出子に関しては戸籍の記載と同じで、非嫡出子 は「子」とだけ記載するという区別があったが、自治省はプライバシーの保護 の視点から、1995年3月1日に、この続柄区別記載は全国一斉に廃止され、 すべての記載を「子」としている42。また、同月22日に、東京高裁は住民票 の続柄差別は、憲法14条に規定される法の下の平等に違反し、プライバシー の侵害をすると判断した。

戸籍におけるこの続柄の区別は、前述したように、戦前の「家」制度から父 母との続柄として存在していた。父母との続柄が必要であったのは、戸主の跡 継ぎを明瞭にするためであり、つまりは家督相続のためであった。当時の記載 では、嫡出子に関しては現在と同様であるが、非嫡出子に関しては認知を受け ている庶子と受けていない子で記載が分かれていた。庶子は「庶子男」「庶子女」 と記載され、非嫡出子は現在と同様「男」「女」であった。

(18)

しかし、相続上の実務において、裁判所、弁護士、司法書士、法務局等は嫡 出子であるか否かの判断を父母のとの続柄だけを見て判断することはなく、身 分事項欄によって必ず判断しているため、父母との続柄において記載区別をす る根拠にはならない。仮に、続柄をみることで、一目で分かる便利さがあると しても、ある手段を用いることによって生じる弊害が大きい場合には、他の手 段を用いるべきである44。

また、嫡出子間における出生の順に従う記載方法も、出生順によって権利 義務に区別が生じる法律などなく、再婚後に子どもが生まれた場合に戸籍上に 長女や長男が複数存在してしまうことや、双子が生まれた場合戸籍上での順列 を無理やりつけるなどの不合理性が生じる。そして、この不合理性は、出生順 の記載がない非嫡出子に不都合が生まれていないことが証明している45。 (c)憲法14条に対する非嫡出子差別の違憲性

①民法900条4号但書前段の違憲性

平成5年6月23日、東京高裁において、民法900条4号但書前段の規定 は憲法14条1項の規定に違反し、無効であると判決が出されている。その判 決理由は次のとおりである。

憲法14条1項所定の「社会的身分」とは、出生によって決定される社会的 な地位または身分をいうと解されるところであり、嫡出子か否かは、本人を懐 胎した母が、本人の父と法律上の婚姻をしているかどうかによって決定される 事柄であるから、子の立場から見ればまさに社会的な地位または身分となる。 そうなると、民法900条4号但書前段の規定は、嫡出子と非嫡出子とを相続 分において区別して取扱うものである事が明らかであるから、憲法14条1項 にいう「社会的身分による経済または社会的関係における差別的取扱い」にあ たる。

そして、憲法14条1項の法の下の平等の要請は、事柄の要請に即応した具 理的な根拠に基づくものでないかぎり、差別的な取扱をすることを禁止する趣 旨と解すべきであるから、民法900条4号但書前段の規定による嫡出子と非 嫡出子との間の差別的な取扱いが、合理的な根拠に基づくかどうかが問われる。 社会的身分を理由とする差別的取扱いは、個人の意思や努力ではどうすること もできない性質であるため、この合理性の有無の審査は、個人の尊厳と人格価 値の平等の原理を至上のものとする憲法13条、24条1項の精神から行われ る。すると、この合理性の審査にあたっては、①立法の目的の重要性、②その 目的と規制手段との間の事実上の実質的関連性の2点が論証されなければなら ない。

(19)

うに、法律婚の維持、言い換えれば適法な婚姻に基づく家族関係の保護である が、ここで念頭におかれているのは、いわゆる「妾の子」に対して「妻」の子 の利益を保護することにより、結果的に法律婚を尊重しようという旧家族制に 由来する沿革的思想にすぎない。

また、適法な婚姻に基づく家族関係を保護するという立法の目的それ自体は、 憲法24条の趣旨に照らし、尊重されなければならないが、非嫡出子の個人の 尊重も等しく保護されるべきであり、非嫡出子の犠牲の下で法律婚の保護をす るような立法は極力避けるべきである。また、嫡出子と非嫡出子の相続分を同 等にしても配偶者の相続分は影響を受けず、仮に配偶者の側に実質的な不平等 が生ずるにしても寄与分の制度を活用することにより、是正可能であることは 留意されるべきである。

立法目的と規制手段との間の実質的関連性は、この相続分の差別により、結 果的に法律婚家族の利益が一定限度で保護されていることは、否定し難く、そ の意味では一応の相関関係はあるといえる。しかし、婚外子の出現を抑止する ことはほとんど期待できない上、非嫡出子からみれば、父母が適法な婚姻関係 にあるかどうかは全くの偶然にすぎず、自己の意思や努力によって回避できな い事由により、不利益な取扱いを受ける結果となることが留意されるべきであ る。

また、非嫡出子の相続分の規制は、一律である。そのことから、例えば、法 律婚による子がいる母が離婚し、次に事実婚により子を産んだ場合、母の相続 に関しても嫡出子と非嫡出子が差別されることとなり、本来意図している法律 婚家族の保護を超えてしまい、このような場合には、言い換えれば、規制の範 囲が立法の目的に対して広きにすぎることが指摘される。よって、これらのこ とから、立法目的と規制手段との間の実質的関連性は疑わしい。

以上のことから、民法900条4号但書前段の差別的な取扱いは、必ずしも 合理的であるといい難いため、憲法14条に違反すると判断せざるを得ない46。 ②続柄の区別記載の違憲性

続柄の区別記載の合理性の基準は①と同じく立法の目的の重要性と、その目 的の手段の実質的関連性である。

(20)

との実質的関連性は合理性を欠く。

また、①と同じく、この続柄の区別記載によって非嫡出子は、自己の意思や 努力によって回避できない事由により、不利益な取扱を受ける結果となること が留意されるべきである。

よって、このような点で戸籍の続柄欄に置ける区別記載は憲法14条に対し て違憲性を持つと考えられる47。

(d)民法739条の違憲性

非嫡出子に対する相続差別の立法目的が、法律婚の保護であることは前述し た通りである。しかし、 そもそも法律婚は憲法24条1項に違反している可能 性がある。憲法24条1項は「婚姻は両性の合意のみに基づいて成立し、夫婦 が同等の権利を有することを基本として、相互の協力により、維持されなけれ ばならない」と規定している。つまり、婚姻は両性が合意するだけでその効力 を発すると解釈できる。しかし、民法739条1号は「婚姻は、戸籍法の定め るところによりこれを届け出ることによって、その効力を生じる」と規定する。 この規定では、婚姻届を出さないと婚姻の効力が発しないとなっており、憲法 24条1項の規定と矛盾する。また、民法73 9条2号は、さらに、婚姻届に 当事者双方だけでなく成人2人を口頭もしくは書面での証人として求めている。 これもまた、憲法24条1項に矛盾する。

この矛盾については、戦後の民法改正時に指摘され、法制審議会民法部会に よって、この婚姻法の研究がなされることとなる。しかし、法制審議会民法部 会は、1965年7月、「戸籍への届出はすでに一般に定着しているので、改め る必要はない」という回答を示し、法律婚は違憲でないとした48。

以上のことから、まとめると、非嫡出子差別は法律婚の保護をその目的とし て、法律婚は戸籍の保護を目的としてそれぞれ立法化していることが明らかで ある。さらに、法律婚と戸籍が相互補完することで非嫡出子差別の強度を強め ている。この、構造が非嫡出差別を生み出している。

3.外国人差別

(a) 外国人差別が生まれた背景

(21)

ハナシ。去レバ其籍ヲ脱シ、其数ニ漏ルルモノハ其保護ヲ受ケザル理ニテ自ラ 国民ノ外タルニ近シ。此レ人民戸籍ヲ納メザルヲ得ザルノ儀ナリ」という宣言 が大きな影響力を持つこととなる49。この宣言は、つまり、戸籍につかなけれ ば日本国民として認めず、保護の対象外であることを意味する。これにより、 日本人でありながら戸籍を持たないものを非国民・二級国民とする風潮が生ま れ、戸籍を持たない者に対する差別の価値観が構築されることとなる。

この戸籍を持たない者は非国民・二級国民という図式に最も多く当てはまる ことになったのが、植民地化され日本国籍を与えられたにもかかわらず戸籍は 与えられなかった朝鮮人や台湾人である。それぞれ台湾籍・朝鮮籍という国籍 と戸籍の中間である民籍に登録されていた。このような二級国民としての立場 に立たされた朝鮮・台湾人を差別することで、日本人の中に皇民として徴兵さ れることが名誉であるという価値観が構築されることとなる。このようにして、 日本人としての愛国心を育て、非国民となる恐怖から戸籍の届出を強制させる ことができ、徴兵逃れも防止することができる。そのために、外国人は差別さ れなければならなかった50。

(b)在日外国人の歴史

現在、日本には数多くの在日外国人が住んでいるが、その多くが朝鮮・韓 国人や中国人である。これは、日本が朝鮮およびに台湾を植民地化していたこ とに起因する。多くの人々が日本に移住することとなった要因として、明治4 3年の日韓併合に伴って行われた土地調査事業が挙げられる。この土地調査事 業によって土地を奪われ無職となった農民の多くが日本に移住せざるを得なく なったのである。日本に来た人たちは、日本人の賃金の2分の1から3分の1 の低賃金で、建築現場や炭鉱などで半奴隷的に働かされた。

また、第2次世界大戦の際に軍事産業要員を必要とした日本政府が国民徴用 令を朝鮮人に適用し、強制的に多くの朝鮮人を連行してきた。日本に強制的に 連行されてきた人は、昭和14年から昭和20年の終戦までに、百数十万人と いわれている。

強制連行者を中心とする在日朝鮮人の多くは、戦後1年足らずで帰国したが、 祖国の土地や家を失った人々は、日本に残らざるを得なくなり、昭和21年3 月末でこのような人々は60万人余りいた。現在、日本に住んでいる在日外国 人の多くは、このような人々の子孫である51。

(c)戦後の在日外国人の国籍

(22)

棄した。また、韓国は戸籍制度を維持するが、創始改名が無効化され、戸籍か ら日本名は削除された。台湾では、日本の支配層がそのまま国民党の新政府に 台頭したために戸籍制度は警察が利用する戸口制度の形で残されたが、国民党 が政権から離れるとともに、権威を失い現在は運行停止状態である。

このように、朝鮮半島や台湾本島の人々は解放されたが、敗戦直後の在日朝 鮮人・中国人の国籍は日本人のままであった。日本は1945年12月17日 法律42号「改正衆議院選挙法」附則で、「戸籍法の適用を受けざる者の選挙権 及び被選挙権は当分の内之を停止す」とした。在日外国人は、このとき国籍は 日本であるが、内地戸籍法には適用されていなかったので、これにより日本国 籍でありながら選挙権を奪われた。1952年4月30日に公布された遺族援 護法にしても、内地戸籍法を適用要件として在日外国人への適用を不可とした。 これは、戸籍を基準として利用した差別である。また、1947年5月2日、 新憲法制定の前日にポツダム勅令207号が公布施行され、その第11条には 「台湾人のうち内務大臣 の定めるもの及び朝鮮人は、この勅令の適用について は、当分の間、これを外国人とみなす」とあり、これにより外国人登録法が施 行される。

日本は、在日外国人の権利を次々に奪ったあげく、日本国籍も奪うこととな る。それは、1952年5月19日、サンフランシスコ平和条約の9日前に、 平和条約発効に伴う朝鮮人・台湾人等に関する国籍および戸籍事務の取扱いに 関する法務省民事局長の通達によって、国会の審議もないまま行われた。その 通達の内容として次の3点が挙げられる。

第1に、朝鮮および台湾は、条約の発効の日から日本国の領土から分離する こととなるので、これに伴い、朝鮮人およびに台湾人は、内地に在住している 者を含め、日本の国籍を喪失する。

第2に、元来、朝鮮人もしくは台湾人であった者でも、身分行為により内地 の戸籍に入籍した者は、内地人であって、条約発効後も何ら手続を要すること なく、引き続き日本の国籍を保有する。

第3に、元来、内地人であった者でも、条約発効前に朝鮮人もしくは台湾人 との身分行為により、内地の戸籍から除籍した者は、朝鮮人または台湾人であ って、条約の発効とともに日本の国籍を喪失する。

(23)

(d)外国人登録法の差別性

外国人登録法の法目的は同法1条にて、「この法律は、本邦に在留する外国 人の登録を実地することによって外国人の居住関係および身分関係を明確なら しめ、もって在留外国人の公正な管理に資することを目的とする」と規定して いる。

ここでいう「公正な管理」とは、在留外国人の居住・身分関係を日常的に把 握し、日本国家および日本人に害を及ぼす恐れがあるかの判断を行うことを意 味する。そして、この在留外国人とは、とりわけ、在日朝鮮人を意味する。な ぜなら、外国人登録法の本当の狙いは、中国・朝鮮へと拡大してきた共産主義 の波を日本において防ぐために、日本国内にいる朝鮮人の管理を徹底しその活 動を弾圧することであったからである。そして、この「公正の管理」は、外国 人登録を申請させそれを常時携帯させること、それを怠った場合に厳しい罰則 規定を課すことを手段として行う53。

外国人登録が義務付けられるのは、日本に入国した外国人が90日以上滞在 する場合、日本国籍を離脱または喪失した場合、日本国内で出生した場合であ る。なお、出生後は60日以内に届出なくてはならない。登録は、居住地の市 区町村において申請し、その市町村から登録証明書の交付を受ける。登録証明 書には、16歳以上に交付されるプラスチック型と16歳未満に交付される紙 製の2つ折り型の2種類ある。また、16歳以上になるとこの外国人登録証の 携帯義務が発生し、18歳になるとそれから5年毎に登録の切り替えが必要と なる。また、入国審査官、入国警備官、警察官、海上保安官その他法務省令で 定める国または地方公共団体の職員が、その職務上で提示を求めた場合、これ を提示しなければならない54。

これらの義務に違反すると、新規登録申請義務違反については1年以下の懲 役もしくは禁固または20万円以下の罰金が課せられる。そして、携帯義務違 反については、永住者に対しては10万円以下の過料、非永住者に対しては2 0万円以下の罰金が課せられる55。

(24)

おわりに

今回、戸籍のもつ差別的構造を解体していく過程で、身分登録制度としての 戸籍の存在意義、そして,その是非を考えることがテーマであった。結果からい うと、戸籍は必要ないと私は思う。これは、改正という意味でなく、戸籍とい うものを完全に廃止して新たな身分登録制度を制定すべきという意味である。

第3章で論じたように、戸籍は国民に就籍させるため、外国人差別を作った。 また、身分変動の届出を促し戸籍への定着をはかるために婚姻を法律婚とし、 そのため非嫡出子を差別することでその強制力を強めた。このような戸籍に関 連して生まれている差別は、その周辺の法律を改正することで、いくつかは解 消されるかもしれない。たとえば、非嫡出子に対する相続差別は民法900条 4号但書前段を改正することで、解決できるだろう。

では、なぜ改正では十分でないかというと、改正することでは、解消し難い 類の差別があるのではないかと思うからである。それは、戸籍が汚れるといっ たような道徳的な差別観念である。たとえ、戸籍の公開が完璧に制限され、戸 籍 の 内 容 が 他 に 漏 れ な く な っ た と し て も 、 こ れ ほ ど 長 い 間 根 深 く 続 い て き た 「家」意識というものは、簡単に無くなるかどうかは疑問である。また、過去 の戸籍の公開の原則によって、部落差別を受けてきた人達への差別観念は、す でに部落とは何かをよく知らない人達の間にも広がっており、実態のない差別 的な観念として存在しているように思う。これらの差別意識は、戸籍というも のを全部廃止して、新しい身分登録制度をつくることで、時間をかけて払拭す べきであり、戸籍というものから連想される「家」のイメージを払拭するには それ以外にはないのではないか。

代わりの、身分登録制度としては、欧米諸国でみられたような個人別・事件 別の身分登録がふさわしいだろう。個人別・事件別にすれば、親族間の連帯は ないため、「家」意識の払拭はより早くできると考えられる。国籍の取得も、血 統主義から出生地主義にすれば、外国人登録も必要でなくなる。戸籍は国籍簿 も兼ねており、それゆえ、象徴天皇制になってからも、皇民簿としてのイメー ジがあり、「家」制度の名残が感じられる。

このように、戸籍を廃止し新たな身分登録制度を構築することで、憲法24 条が「個人の尊厳」と「両性の平等」を定めることで促した独立した市民にな れるのではないだろうか。

(25)

参考文献

佐藤文明『戸籍うらがえ史考』32頁(明石出版、1988)

澤木敬郎「渉外的身分関係と戸籍」『日本戸籍の特質、戸籍制度創設100年記念論文集』

365頁(1972、伸松堂書店)

利谷信義「戸籍と身分証書」『戸籍と身分登録』5頁(早稲田出版、1996)

佐藤文明『戸籍って何だ』15,16頁(緑風出版、2002)

利谷・前掲注(3)4頁

佐藤・前掲注(4)18,19頁

岸俊男『日本古代籍帳の研究』11,44頁(塙書房、1973)

佐藤・前掲注(1)80頁

佐藤・前掲注(1)82頁 10

山主政幸『日本社会と家族法』49頁(日本評論新社、1958)

11

山主・前掲注(10)52頁

12

二宮周平「近代戸籍制度の確立と家族の統制」『戸籍と身分登録』146頁

13佐藤・前掲注(4)49、50頁

14

山主・前掲注(10)85頁

15

田代有嗣「新民法の制定と施行」戸籍法50周年記念論文集編纂委員会『現行戸籍制度 50年の歩みと展望』18,19頁(日本加除出版、1999)

16

利谷信義『家族と国家』148,149頁(筑摩書房、1987)

17

二宮・前掲注(12)154頁

18

佐藤・前掲注(1)57頁

19

佐藤・前掲注(1)106,107頁

20

佐藤文明『戸籍が作る差別』29頁(現代書館、1995)

21

田代・前掲注(15)20∼24頁

22

佐藤・前掲注(1)122頁

23高妻新「戸籍法の沿革と新戸籍法の基本原理」戸籍法50周年記念論文集編纂委員会『現

行戸籍制度50年の歩みと展望』59,60頁(日本加除出版、1999)

24

佐藤・前掲注(1)126、127頁

25

二宮周平『人権ブックレット48、戸籍と人権』42頁(部落解放研究所、1995)

26

佐藤・前掲注(1)54頁

27

東京法務局戸籍課職員編『戸籍小箱Ⅲ』72,122頁(テイハン、1998)

28

佐藤・前掲注(1)58,59頁

29

鈴木祿弥「各国の身分制度」『家族問題と家族法7』273頁(酒井書店、1957)

30

鈴木・前掲注(29)275,276頁

31

二宮・前掲注(25)20頁

32

棚村政行「アメリカにおける身分制度」『戸籍と身分登録』285頁(早稲田出版、19

96)

33榊原富子『女性と戸籍 夫婦別姓に向けて』244頁(明石書店、1992)

34

山中順雅『法律家のみた被差別部落の起こりと歴史』143頁(国書刊行会、3訂版、 1997)

35

二宮・前掲注(25)65∼69頁

36

佐藤文明『個人情報を守るために』71頁(緑風出版、2001)

37二宮・前掲注(25)71∼73頁

38

島津良子「婚外子差別の現代的意味と戸籍制度」婚差会編『非婚の親と婚外子』P16 7頁(青木書店、2004)

39

(26)

書店、1992)

40

中田千鶴子「婚外子と相続差別」婚差会編『非婚の親と婚外子』(青木書店、2004)

41島津・前掲注(38)168頁 42

なくそう、婚外子・女性への差別交流会編『なくそう、婚外子・女性への差別』77, 96頁(明石書店、2004)

43

なくそう、婚外子・女性への差別交流会編・前掲注(42)80頁

44

二宮周平『家族法改正への課題』P364、石川稔・中川淳・米倉明編(1993)

45

なくそう、婚外子・女性への差別交流会編・前掲注(42)81頁

46

判例体系CD−ROM 判例ID2000045、遺産分割に対する抗告事件、東京高裁平 成4年(ラ)第1033号、平成5年6月22日、本文、理由

47

なくそう、婚外子・女性への差別交流会編・前掲注(42)85頁

48

佐藤・前掲注(4)139,140頁

49

山主・前掲注(10)50頁

50山主・前掲注(10)94∼96頁

51

神奈川新聞社会部『日本の中の外国人「人差し指の自由」をもとめて』222、223 頁(神奈川新聞出版、1985)

52

佐藤・前掲注(1)188∼193頁

53

西宮市職員労働組合職員支部自治研推進委員会『在日外国人の人権』5,11頁(外国 人登録問題分科会、1983)

54

萩野芳夫編『外国人と法』72∼74頁(明石書店、2000)

55

田村満『外国人登録遂条解説』210,228頁、重見一崇・山神進補訂(日本加除出 版、2000)

56

参照

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